東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1528号 判決 1980年11月25日
控訴人
大和商事株式会社
右代表者
山崎励
右訴訟代理人
平出馨
同
酒井昌男
被控訴人
三神重義
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が、昭和四九年一二月二六日、控訴人から、八〇〇万円を、弁済期同五〇年一月二四日、利息日歩一四銭、損害金日歩14.5銭の定めで借り受け、原判決別表支払年月日欄記載の日に同支払金額欄記載の金額を控訴人に支払つた事実は、当事者間に争いがなく、右支払額のうち、利息・損害金についての利息制限法所定利率超過部分を元本に充当すると、本判決別表記載の計算のとおり、債務は完済されたうえ、一七〇万二七六三円の過払となつたことが認められる。
二そこで、控訴人の抗弁及び被控訴人の再抗弁について判断する。
1(一) <証拠>によれば、三丸商事が金融を事業目的の一つとする会社であり、被控訴人は、山梨県職員として勤務するかたわら、右会社の事業にも関与していた事実が認められるが、被控訴人が、右会社の業務として、利息制限法違反の高利金融を、違反の事実を知りながら行つていた事実を認めるに足る証拠はない。
(二) 被控訴人が訴外組合の理事であつた事実は、当事者間に争いがないが、右組合が利息制限法違反の高利金融を行つていた事実を認めるべき証拠はない。
(三) 控訴人は、控訴人が甲信機工及び被控訴人を相手として提起した約束手形金請求訴訟において、被控訴人が、利息制限法第二条による天引利息の超過部分元本充当の抗弁を提出した旨主張するが、これに沿う<証拠>は、<証拠>に対比して、ただちに信用しがたく、他に右主張事実を認めるべき証拠はない。
(四) <証拠>中には、千代田が控訴人から借り受けた金銭を被控訴人に転貸していたことを窺わせる供述記載があるが、<証拠>を総合してみても、被控訴人が、千代田に対し、利息制限法違反を理由として支払拒絶、元本充当等を主張した事実を認めるに足りない。
(五) そのほかに、被控訴人が本件貸借以前に利息制限法の趣旨を熟知していた旨の控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はない。
2 <証拠>によれば、本件貸借に関する契約書には、抗弁2(二)主張のとおりの条項が不動文字により記載されていることが認められる。しかし、利息制限法は、金員の借受けに当り、弱者の立場にある借主が、同法所定の利率を超えて利息の支払を約定したとしても、超過部分の利息(以下「超過利息」という。)の約定は無効と定めて、貸主の支払請求を許さない趣旨を定めたものであつて、金融に関する借主の保護を図るとともに、金融・経済秩序の維持を図る統制法規である。このことは借主が金員の借受けに際し、利息制限法の存在を知り、超過利息の支払を特に約諾する条項を承認した場合においても、同様に解すべきである。けだし、超過利息の支払約定を承認しなければならない借主の立場は、前示約諾条項の存否にかかわらず同様であるからである。したがつて、超過利息分の支払は民法第四八九条の趣旨に従い、残元本への弁済に充当されるものと解すべきである。
次に、被控訴人が、昭和五〇年一〇月一一日八四〇万六〇〇〇円の支払をなした時点において、利息制限法所定内の利息分として八万八四二〇円、残元本として六六一万四八一七円の残債務があつたことは上記認定のとおりであるから、右支払により被控訴人に一七〇万二七六三円の超過支払をなしたこととなる。控訴人は前記約諾条項の存在を理由に、右超過支払は民法七〇五条の非債弁済であり、返還義務はないと主張する。しかし民法第七〇五条の趣旨は、弁済者が、債務の不存在を知つて任意にこれを弁済するような不合理は行為者に対し、法の保護を与える必要がないことにあるとされるのであつて、弁済者にその弁済を強制させるような客観的事情がある場合には同条の適用がないと解すべきことは、最高裁判所昭和三五年五月六日判決(民集一四巻七号一一二七頁)、同昭和四〇年一二月二一日判決(民集一九巻九号二二二一頁)の趣旨とするところである。ところで、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件消費貸借契約に基く債務について、所有の不動産に抵当権を設定していて、右弁済を拒めば、抵当権の実行をなされる危険があつたので、これを避けるため弁済したものであることが認められる。よつて、被控訴人の右超過部分の弁済には民法第七〇五条の適用はないものと解すべきである。
なお、小沢又は被控訴人において、利息制限法の関係について一切トラブルを起こさないことを約したという事実を認めるべき証拠はない。
3 <証拠>によれば、被控訴人は、小沢に頼まれ、そのうち五〇〇万円を依田に貸与する予定で、控訴人から本件の八〇〇万円を借り受け、右五〇〇万円を小沢に交付したが、残額は、他の債務の弁済その他の自己の用途に充てたことが認められる。しかし、このことから、ただちに、被控訴人が、控訴人に支払うべき利息よりも高利の約束で依田に転貸し、不法な利益を得ることを目的としたものと推定するには十分でないものというべく、他に右事実を認めるべき証拠はない。
4 以上のとおりであるから、高利を禁ずる利息制限法の趣旨に鑑み、本件において同法違反の利息・損害金の支払をしたことにつき、被控訴人側の不法性は軽微であつて、主として控訴人側に不法原因があるものと認めるべく、したがつて、民法第七〇八条但書により、被控訴人は、控訴人に対し、給付した金員の返還を請求することを妨げられないものというべきである。
三そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得として前記過払金の返還を請求することができ、なお、控訴人が悪意の受益者であることは、弁論の全趣旨から明らかであるから、過払金のうち一六二万六一一四円及びこれに対する受益ののちで本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年一二月一〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める本訴請求は、理由があり、これを認容した原判決は、相当であつて、本件控訴は、理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(小河八十次 日野原昌 野田宏)
別紙<省略>